【和式トイレと市場経済と品質メカニズム】

僕は前々から不満なことがありました。それは、

 

「もう和式トイレ要らなくね?便器の点では、西洋に完全敗北を認めていいんじゃね?」

 

ということです。今まで公にはしてこなかったんですが、実は僕、洋式トイレ派です。強いて言えば…とかではなく、絶対に洋式が良いんです。

でも、未だにぽつぽつあるじゃないですか、和式。まあ、学校のトイレとかなら分からんでもないんです。改装予算がおりないんだな、とか。でも、「ピカピカの商業施設なのに、あえて3つの個室のうち1つ和式を残してます」みたいなの。あれが本当に意味不明で。

この話を人にすると、だいたい、

 

•洋式トイレの便座に直接座るのが嫌な人がいるんじゃない?
•まだまだ洋式に不慣れな高齢者がいるんじゃない?

 

みたいな答えが返ってくるんですね。でも!でも!そう言う本人は絶対洋式派ですから!それに、足腰の弱い高齢者こそ洋式がよくないですか?っていうか、日本に洋式が普及して何年経つんだよ…。そろそろ慣れてくださいよと。まぁ、そう思っていたんです。

 

ところが昨日!突如!「和式トイレの存在意義」に気付いたのです!!

 

昨日、私は阪急梅田駅のトイレの鏡の前でネクタイを締めていたのですが、ふと横を見ると、就活生と思しき男性が、所在無げに個室トイレが空くのを待っていました。でも、彼の目の前の個室が空いていたんです。不思議だなと思って中を覗くと、和式便器でした。それで合点がいきました。彼は僕と同じ洋式派で、和式は嫌だったのです。

 

そこへ後から、中年サラリーマンがトイレへ駆け込んで来ました。そして、彼は迷うことなく、空いている和式の個室へ消えていきました。その方はかなりピンチのようでしたから、空部屋があってラッキーでした。

 

この束の間の出来事を眺めていると、私の第六感がささやきました。「今の事象には学問的に重要な何かが隠れているよ……」と。その声を聴いた瞬間、私の脳裏に、経済学で学んだ「需要供給曲線」が浮かびました。少々脇道に逸れますが、重要な部分ですので少しだけお付き合い下さい。

 

「需要と供給のバランスで市場価格が決まる」という我々が慣れ親しんだ市場経済の仕組みの長所の1つは「限りある資源が、本当に欲する人に効率的に分配される」ということです。

 

こんな場面を想像して下さい。クリスマスの夜、ケーキ屋で、ショートケーキが残り1つになりました。閉店間際、2人の男が同時に来店し、言いました。「私に売ってください!」。しかし、ケーキは1つ。需要が供給を上回っています。店主は言いました。「ではこうしましょう。より高値で買ってくれる方に売ります」。そこでA氏は言いました。「前から一度食べたかったんです。プラス100円します」。B氏はこう言いました。「小さな娘が家で楽しみに待っているのです!1000円上乗せします」。こうして、限りあるケーキは、相対的にそれを欲するB氏に分配されました。めでたし。

これが市場経済であり、「価格メカニズム」の凄さです。閑話休題

 

トイレの話に戻りましょう。幸か不幸か、駅のトイレは、鉄道会社が無料で提供しているサービスです。ここには価格メカニズムは存在せず、「早い者勝ち」という論理が、便器の分配を支配します。しかし、当然とされているこの構造は、ときとして、便器ならぬ「便益」を最大化しません。

 

すなわち、「もっ、漏れるぅぅぅ〜」という人と、「今から映画観るから、念のためにきばっとくか」という人がいた場合、前者に優先的に便器を使わせてあげたいものですが、今のシステムでは、先に来たかどうかだけが全てなのです。「金を払うから、わしに先に使わせてくれ」という価格メカニズムはありません。

 

あぁ……。便器をもっと効率的に分配する方法はないのだろうか……本当に◯ん◯をしたい人に、先にさせてあげる方法はないのか……。私はネクタイの結び目を整えながら1人で頭を抱えていました。

その時です。流水音と共に、個室トイレのドアが開き、先ほどの男性が、スッキリとした顔で出て来ました。

 

「おい君、価格メカニズムはなくても、『品質メカニズム』があるじゃないか」

 

そんな声が聴こえた気がしました。その瞬間、和式トイレの存在意義をハッキリと理解出来たのです。

 

前提として、誰しも和式より洋式が好きです(ということにしましょう)。ですから、個室トイレが全て洋式ならば、来た順に個室は埋められます。即ち「早い者勝ちの世界」です。しかし、そこに1つ和式トイレが紛れていればどうなるでしょう。

 

お腹のコンディションに余裕のある人にとっては、

《便意の緊急性<<<和式を避けたい気持ち》

という不等号が成り立つので、洋式が空くまで順番を待とうという発想になります。これが、最初の就活生ですね。

 

一方で、にっちもさっちもな人にとっては、

《便意の緊急性>>>和式を避けたい気持ち》

となり、空いている和式に滑り込むことになります。これが中年サラリーマンです。

 

このように、和式トイレが存在することで、本当に便器を必要としている人(この際、洋式が良いとか言ってられん!ウォシュレットも要らない!排便さえ出来ればよい!)に、効率的に便器が分配されますね。

この話を一般化すると、

 

“価格メカニズムが働かない無料のサービスを効率的に分配するためには、「あえて品質を落とす」ことが有効な場合がある”

 

ということが言えそうです。品質を落とす(例えば、洋式から和式)ことが、価格を上げることと同様の役割を果たし、「本当に欲しいのか?」という試金石になるからです。これを私は、「品質メカニズム」と呼ぶことにします。

 

この「品質メカニズム」を応用すれば、

•立つことがそれほど苦にならない若者には座らせないために優先座席の座り心地をあえて悪くする
•本当に道に迷っている外国人が優先的に通信出来るように、無料Wi-Fiをわざとサクサクではなくする
•平らなライブ会場で、背の高い人が自発的に後ろに行くように、前の席はスタンディングを禁止にする

 

といった様々な工夫が考えられそうです。基本的に、より良い品質を顧客に提供するのが企業活動ですから、わざと品質を落とすことが全体最適に資することがあるというのは面白い発見でした。

 

そんなこんなで、和式トイレも世の中に必要なんですね!彼は、西洋文化に駆逐されながらも、しぶとく戦いを続けるラストサムライなのです!